アナタ達には興味ない?
街を出る前にガソリンの補充。ここで入れたのは470DH分だったので、彼女への請求は約束通りに235DH。けれどもその値段を告げると「やっぱりそのくらいするか。うん。わかった、降りる時にはらうね」となんとなく納得いかない様子。そのうち車内で何となく自己紹介がはじまりました。
彼女は32才、都内で派遣のOLとして働いているとのこと。「私ね、シェルタリング・スカイっていう映画見て、モロッコにいきたくなって来たの。知ってる?この映画。」
もし私がこの映画をこの時すでに見ていたら、この時点でこの人の怪しさに(笑)気がついていたことでしょうが、不幸なことにまだ見てませんでした。
そんなこんなで車中でのたわいない会話がしばらく続く中、おこってしまった第一の事件。
すっかり饒舌になった彼女がこんな話をはじめたのでした。
「わたしね、ティネリールでモロッコ人の家庭にお世話になったのね。夜は家族で太鼓とかたたいてくれて、凄い楽しかったんだけど、そのうち、やっぱり結婚してくれとかいうわけよ。」
それはまあ、モロッコに一人でやってきて、結婚して下さいって一度も言われない女の子なんてきっといないだろうし、この台詞はレディーに対するごあいさつみたいなものだからさして深刻でもないでしょう。第一家族もいるようなところで言ったりするようなセリフです。本気なわけがありません。(モロッコ人のことだから、半分本気かもしれないけれど)
「でね、しょうがないから私、正直に言ったのね。この国には、こういうところを旅するのが好き、っていうタイプの、あ、コーカソイドってわかるかな。白人。そういうオトコを探しにきたわけで、悪いんだけど、あなたたちみたいなモロッコ人とつきあうつもりはないの、って。そうしたら、なんだかみんなしらけちゃって。私、やっぱりなんかいけないこと言ったかなー。」
・・・・・・・・。
彼女の問いかけにかえす言葉もない私。
彼女はその後もしばらく何かいっていましたが、私は何の返事もできません。まだまだ上の方にある太陽を眺めながら、早くエルフードについてくれーと願うばかりの哀れな旅路。同国人として、そして女性としてもあまりにも恥ずかしく、ムハンマドにこのことは告げられませんでした。
そしてようやく、もうしばらくで日の入りだというころ、私達はエルフードに到着。
するとムハンマド、やめてくれよーと心で叫ぶ私をよそに、「これからどうせメルズーガに行くんだろう、それならこのまま乗っていっちゃいなよ。個人でツアーに申し込むとけっこう高くついちゃうから。」「どうもありがとう、それでいいならそうさせてもらいたいな。」
残念ながらこの車は私のものではない・・・おまけにやつがいいというなら私が断るスジでもない、と私も渋々了解してしまいました。
ハンドルを握るムハンマドが、「友達のお土産にしたいし、僕も飲みたいからビールを買いに行きたいんだけどいいかな?」というのに「あ、砂漠でビールなんていいねー。私も欲しいな」と彼女が答え、我々は町の酒屋さんめぐりをはじめたのですが、不運なことにこの日はどこも売り切れ。
しかたなくムハンマドが「ちょっと高いけど、ホテルのバーなら売ってるだろうから行ってくる」と言って車を降りました。
「高いってどのくらい?」彼女が聞きます。「15DHくらいかな。」
そうです。ここは砂漠のほとりの町であるというのに加え、そこはホテルですからしょうがない。でもせっかくのサハラ砂漠はもう目の前。ケチるよりか思い出でしょう。(いや、管理人は確かにタダの学生ちゃんでしたが)
まあ、百歩譲ってこの場合15DHは高すぎで、「げー、じゃあいらない。」と彼女が断るのもしかたない、としておきましょう。けれどもムハンマドはせっかくの自分のオフのため、そしてサハラで待っている友達のため、ホテルのバーへと向ったのです。
暫くして大きな袋をぶらさげて帰ってくるムハンマド。
「金持ちだねー」と彼女はいいますが、彼は別に金持ちなわけではないのです。別に貧乏でもありませんが。けれどもたとえ貧乏なモロッコ人でもこういう場合、みんなで過ごす楽しいひとときの方が優先順位はずっと上。たとえローンがいくら残ってようと、人前で進んで貧乏をさらけだすようなまねはしないのが、彼等モロッコ人のもう一つの顔なのです。
ムハンマドは言いました。「いや、払おうとしたんだけどね、僕はいつも彼等と働いてるでしょう、たまにはいいよ、って、今日はくれたんだよ」
「えー、ただでもらんたんだ!じゃあ、私も一本もらえるかなー!」
ついさっき、高いから、といってあきらめたんじゃないのか?
思い出よりも、たった200円ほどのお金をとっておくことを選んだくせにいいのか?!
私が独りのけぞるのをよそに、彼は「いいよー」とあげてしまったではないですか!
私はまた独り心の中で「ばかやろー!これはふだんの彼の仕事ぶりに対しておくられたものなんだぞ!タダじゃないんだぞっ!独身貴族のOLのくせにしみったれた事をするんじゃない!!学生のわたしだってそんなみっともないまねはしないぞ!!!」と心狭くも叫んでました。
あームハンマド、あなたはどうしてそんなに御親切なの?こんな事言っているような人に、そこまで親切にしてやることないのにっ!ついに私は「…べつにあげなくたっていいんだよ」と文句をたれてしまいました。
すると彼は、「そういうのは良くないな。ホテルの人たちは親切で僕にビールを分けてくれたんだから、僕だって親切にしなくっちゃ。そういう心のせまいことではいけないよ」と私に言います。
でもそれは、あなたがいつも一生懸命働いてるからだよ、と密かに口答えしつつも、そんなに心の広い彼等モロッコ人の前に改めてわたしは感動し、ついつい自分の事の方を反省してしまいました。
すっかりオレンジ色になった夕日に照らされながら反省する私。
「あー、おいしー。」早速ビールをあける女。
何かが狂ったまま、車は目前に迫る大砂丘へとすすんでいきます。
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