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バスやタクシーには、実にいろいろな人が乗ってきます。
うるさい人、しつこい人、親切な人。
わくわくどきどき、あっと言う間に目的地がやってきてしまうように思うのですが、中でも思い出深いのが、車中や休憩地で、どうぞ、と笑顔で自分のわずかな食べ物さえわけてくれようとする人たち。
すりきれた服地にくたびれたような顔。
そんな姿を先に見てしまうと、そんな人から食べ物をもらってしまうなんて、なんだかいけないような事をしているように思えてしまうし、おまけに「この食べ物、平気かな..」と、どこかで思っていたりするいやらしい自分もみえかくれして、すんなり「ありがとう」と言えない自分。
「ありがとう、けっこうです」
そんな自分の気持ちの全てがなんとなく申し訳なくて、まずはそう言ってみるけれど、「いいのよ、いいのよ」とにこにこ顔で、やっぱり食べ物をくれようとする気のいいおばさん。
そんなときは、喜んで、「ありがとう」
そう言ってにっこり笑って受け取とることが、最終的に食べるか食べないかは別にして、自分の感謝の気持ちを伝える一番の返事かもしれません。
実はモロッコの人々は、「自分が他人に分け与えられる物を持っている時は、なるべく分け与えていこうじゃないか」そんなふうに思って暮らしています。
テーブルが丸であったり多角形であったり。そのテーブルに大皿で一つの料理が出されるのも、どんなに自分の分け前が少なくなっても、今そこにいる人数で、そこにあるものをみんなで分かち合いましょう、という考え方に基づいているのです。
日本では遠慮という名の防護壁の後ろに隠れて、目の前に現れた人とのつながりをできるだけ断つような暮らし方をしているけれども、そんなモロッコ人の優しさや、人と人とのつながりをまだまだ感じさせる生活に、人間って一人で生きているんではないんだよなぁ、としみじみ感じる一瞬です。
けれどもいくら旅人であっても、もらってばかり、親切にされてばかりはさすがに恐縮。
中には本当に貧しくても分かち合おうとしてくれる人がいたりするので、私は常にお礼にできるようなお菓子や食べ物をポケットにしまっておくようにしていますし、分けられる食事の時は自分のテーブルに招待したり、せめて飲み物くらいごちそうさせていただいたりしています。
うれしい気持ちの配達なら、自分もやってみたいですからね。
無理することもないけれど、手持ちがない時は、停車中なら近くの店に自然と足が向いていくし、進行中なら次の停車で何か私にもできることは無いだろうかと考えてみるのも、思いもよらぬ発見への入り口だったりして、また楽しかったりするのです。
知らない誰かの笑顔が自分の旅をこんなにも楽しくしてくれる。
だから他人への親切も、半分自分のためなのです。
ところで彼等のこの親切。
これは、イスラム教徒にとって、持っているものを分かち合う行為は美徳とされていることもあって、みんなごく普通にそうしてくれるのです。
けれども、宗教だからとか、その好意が美徳とされているからとかいうことを無視しても、「このひとお昼は食べないのかしら?」とか「外国人だからうまく買い物できないかも」と、常に周りを見渡し思いやる視線を持っているというのはすごいことだと思いませんか?
我々旅行者もぜひ、バスの中だけでなくあらゆる場面で、何か飲んだり食べたりするときは、周りの人に気を配るという配慮を忘れたくないものです。
それが友達だったりしたらなおさら。
買い物に行ったら、自分の分だけでなく友達の分、友達といっしょにいるゲストのことも考える。それが彼らモロッコ人にとって、当たり前。人の分の事を考える余裕なんて仮になかったとしても、それをみんなで分かち合わないことはとても恥ずかしい事とされます。
となりの人が食べていない時、となりの人が飲んでいない時、それが分けられるものならば、どうぞ、と聞いてみて下さい。
自分ひとりで何でもひとりじめしているツーリストの姿は、モロッコ式になれてしまえば、誰にもだんだん滑稽にみえてくることでしょう。
そんな彼らの道徳観念が理解できれば、バスの中でも、観光地でも、もっと楽しく時を過ごすことができるはず。
この人は自分達の国の習慣をわかってくれている人間だと思ってもらえれば、目的地に着いてすぐ何かトラブルがあったりしても、きっと周りの人がすすんで助けてくれますよ。分かりあおうとする気持ちは、言葉の通じないところでも、不思議と通じる魔法のカギのようなもの。
どこの国にいようとも、自分たちの習慣をなんとか理解しようと努力してくれているガイジンの姿は、やはり微笑ましく思えるのですから。
ただどうしても自分の持ち物をお裾分けしたくないときだってありますよね。そんな時は、なにも持ってなさそうな人の前で食べたり飲んだりは控えるのが無難なのでありました。
旅をしていると、オリの中にいるのは自分の方なのに、ついつい自分の中から外を眺めるだけに終始してしまいますが、そのトビラを開ける小さな気配りで、自分も周りも、楽しい旅ができたらいいですね。
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